2006年9月25日月曜日

市場主義と寄付の精神

『日系ビジネス ASSOCIE』10・03号で、アクティブ「思考法」というものが特集されていました。それについて、、、書く前に、同じ号の記事で触れておきたいものがあります。それは、

「370億ドルを赤の他人に寄付!? 日本にはない寄付文化とは」

世界第2位の資産家が自己資産370億ドルを寄付すると発表した。米国人はなぜ"赤の他人"に寄付ができるのだろう。

という記事です。

米ファンドレイジング協議会(AAFRC)によると、全米個人の2004年寄付総額は1879億ドル。

アメリカ社会の基底にあるキリスト教には、貧者を救う、富める者が寄付をする、という文化が根底に流れています。たとえば、ヨーロッパの街を歩いていても浮浪者にお金を渡す市民がけっこういます。
ちなみに、キリスト教の後に現れた同系列の一神教であるイスラム教では、"喜捨"という寄付行為が信仰を表す行為として大きな位置を占めています。貧者に寄付することが信仰を高めるのです。

また、アメリカは弱肉強食の格差社会のため、その是正のため強者は得た利益を社会に還元するのが一般的とされます。

政府に頼らない自助精神というものもあるでしょう。

社会的責任という意識もあると思います。

ある意味で、金を稼ぐ能力のある人が最大限その能力を発揮して稼ぎまくって、金を稼ぐ能力の無い人に分け与える、というきわめて効率的な機能をなしているのかもしれません。

どちらが優れているかは別として、能力ある人にもない人にも平等に働く機会を与えようというワーク・シェアリング政策や残業抑制政策よりも、よっぽど効率的でもしかしたら貧しい人にもメリットのある仕組みかもしれません。繰り返しますが、それがいいかどうかは別として。

で、日本では今、アメリカ型市場主義資本主義が導入されようとしています。輸入するのは、拝金主義の部分だけでなく、そうした寄付を行う自助精神や社会的責任も含めて輸入して欲しいものです。

某村上氏は、お金を稼いで何が悪いんですか?と開き直って言う前に(もちろん、稼ぐ能力のある人が稼ぐことは何も悪くありません)、そのうちの一部でも慈善事業に回して欲しい。あるいは、社会のためになるようお金を使って欲しいものです。

アメリカの市場主義を輸入するのであれば、その市場主義が、寄付や自助精神、社会を良くしようという心意気といった文化的側面のうえに成り立っていることを十分理解する必要があるでしょう。

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