『生物と無生物のあいだ』
福岡伸一
講談社現代新書
各所で評判のよい『生物と無生物のあいだ』を読んでみました。著者は分子生物学の最先端にいる人ですが、文章力が高く非常におもしろい読み物になっています。おすすめです。
この本内容は大きく3つのパートに分けられるかなと思います。長くなるので今回は2.まで。
1. 科学的方法論の難しさ
2. 興味深い人物の紹介
3. "流れ"として捉える生物学
1.科学的方法論の難しさ
日本国内ではお札になるほど人気で、当時多数の論文を発表したものの、現代にはなんの実質的業績も残していない野口英世を引き合いに、"科学的事実"なるものの難しさが述べられています。
野口英世は功名心に旺盛で、当時の権威に気に入られ多数の論文を発表します。アメリカで成功した日本人生物/医学者となるわけですが、それら論文は現代ではすべて間違っているとされています。当時どうして正しくない論文がこんなに多数受け入れられ"科学的事実"になってしまったのか。そこは野口英世の背後にいた権威の威力が大きいとされます。
現代では、科学者は新しい発見をすると論文にまとめ、特定の科学誌に投稿します。科学誌編集部では、その論文が掲載する価値のある物かどうかを判断するために同業他者にピアレビューを頼みます。
現代の科学は高度に専門化されているため、一般にピアレビューを通れば、それ以外の人が内容を吟味することはほとんどないと言います。つまり、ある科学的発見は誰でもレビューできるようオープンになっているものの、実際に内容まで吟味しているのは世界で数人しかいないというのが現状のようです。
言ってみれば、特定の1人もしくは数人に認められているということだけが、科学的事実の正しさの保証となっています。しかも、その後別の発見があるまでその内容が吟味されることもほぼないことになります。
とは言うものの、誰でも評価できるようにオープンになっていること、ということこそが科学的事実の客観性を保証しているのでしょう。オープンだということが科学的事実の客観性にとって重要なわけです。これが科学哲学家のカール ポパーの言う反証可能性だと言うこともできます。
ピアレビューには別の問題もあります。高度に専門化されているため内容は同業他者にしかレビューできません。ところが、多くの場合、同業他者も同じ課題を研究中だったりして論文発表競争を行っているわけです。いわば、ピアレビューをお願いするということはライバルに情報を明け渡すことになるわけです。また、レビュアーは同業他者なのでなんらかの裏の取引が発生しないとも言い切れません。
ここに、科学が非常に政治的、戦略的になるポイントがあります。
無垢に正しければよいというだけでなく、駆け引きを行わなければいけないのです。
『生物と無生物のあいだ』では、DNAの二重螺旋構造という世紀の発見の裏にも、非正規の情報の受け渡しがあり、うまく立ち回った者だけが恩恵を受け取っているという事実が紹介されています。
研究者間の確執から、発表前の実験結果がワトソンとクリックのもとに流れ、それが二重螺旋構造の解明の裏付け情報として役立ったのだそうです。しかも、その情報を裏で流したウィルキンズは、ワトソンとクリックとともにノーベル医学生理学賞を受賞します。一方、情報元の実験を行ったロザリンドフランクリンはそのときにはノーベル賞受賞を知ることなく若くして他界していたといいます。
今日科学はますます政治化しています。
うまく予算を集め、権威付けし、論文生産の効率化を行う研究者が評価され、実直にひたすら研究をしているだけでは研究者としての功を成せないばかりか生活にさえ困ってしまうでしょう。
他方で、韓国のES細胞詐称のようなことが起こったりもしています。
考えてみれば、今日に限らず科学はつねにいわば政治的だったのでした。
第二次世界対戦や冷戦のころは、科学者が原爆開発に関わっていましたし、それ以前も帝国主義的拡大に科学は役立っています。もっとさかのぼれば、コペルニクスやガリレイはときの権力に抗して科学的事実を主張したのでした。
最先端の科学は、政治と無関係ではいられないということです。
そういうことに対処する能力もまたすぐれた科学者には求められるのかもしれません。
2.興味深い人物の紹介
この本では、36歳から本格的研究を始め遺伝子学の基礎を作ったエイブリーや、サーファーで自由人ながら分子生物学で大きな発見をしノーベル賞もとっているマリスといった有名人から、ニューヨークで研究していたときいっしょに研究したラボテクニシャンで、優秀なのにもかかわらず本業はミュージシャンでポスドクには行かなかったラフォージといった魅力あふれる人物が紹介されています。なんとラフォージは、SkaバンドThe Toastersのメンバーらしいです。コンピでですが自分もThe Toasters持ってます。まさかメンバーがそんなインテリだったとは。
やっぱり意外性のあるのがおもしろいですね。科学の分野にはまだまだこういう人がたくさんいそうです。
3."流れ"として捉える生物学
著者の研究結果から、生物の特徴として動的平衡ということが取り上げられています。これについては、また次回に。
2007年9月2日日曜日
科学と非科学のあいだ:『生物と無生物のあいだ』を読んで Part 1
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