2007年1月25日木曜日

進化論のあやうさ:コンサルワークとしての『Web進化論』

いまさらですが、梅田望夫さんの『Web進化論』について。随分前に読んだものの記憶に頼ってですが。

まず、あっという間に読めて、かつ今のインターネットがいったいどういう状況なのかをざっと知ることができるという意味では、非常に良い本だと言えると思います。(いちおうITという)専門の内容について「読める」本を書くというのは実は非常に難しいので、その点では良書です。また、ベストセラーになって専門外の非常に多くの人に読まれたという意味でも、画期的な書物だと思います。

私個人的には、池田信夫blog(「ウェブ進化論」)にもあるように、正直「何をいまさら」、「ティム・オライリーがうまく概念化してまとめたもの(「Web 2.0:次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル訳」)と、その後にWeb上で展開された議論がうまくまとめられただけで、とくに新しい情報はないなぁ」というものでした。
でも、うまくまとめる、というのがすごいことではあるので、画期的な本であることは間違いないのですが。

この本で気になったことは、

* 二分法による煽り
* 現状追認 - 分析のなさ
* 進化論というタイトル

です。


■二分法による煽り
阿部重夫編集長ブログ「最後から2番目の真実」ウェブ進化論1――梅田望夫氏の「神の視点」」でも指摘されているとおり、梅田氏は、「こちら側」と「あちら側」の単純な二分法で現状をとらえようとします。これ自体は、非常にわかりやすくてよいのですが、それが「煽り」に結びついていることにすごく引っかかりました。
つまり、「もうインターネットの新しい世界は「あちら側」に行ってしまってるのですよ、それに気づかずまだ「こちら側」にいる人は早く「あちら側」に行くようにしてください。」と言っているのです。

私のようなひねくれ者は、このような「アゲアゲ」感、煽り感にはすごく反発してしまいます。「あなたに言われなくても自分の行くところは自分で決めます」と。
しかも、社会現象として煽りをかけていて、素直な人や気の弱い人は「わー自分はこんなに遅れてるんだ。まずいなぁ」と思ってしまうかもしれません。

その上、どうやって「あちら側」に行くのかについては、がんばって追いついてください、としか言ってない。ん~、これでは「こちら側」の人も動きようがないですね。
結果、この本に煽られた人も、少しだけ危機感が高まっただけで、けっきょく日常に戻って具体的なアクションは何も取れてないのではないでしょうか。新書なんてそんなもんだと言えばそうなのかもしれませんが。


■現状追認 - 分析のなさ
次に、現状追認です。この本でなされていることは、インターネットで今起こっている現象をただただ「良いもの」として認めていく作業です。多くの現象を後追いで認めていっているだけ(と言ったら言い過ぎかもしれませんが)で、1つ1つについて分析を深めるということがなされていません。

たとえば、ブログ1つ取ってみても当然メリット/デメリットがあったり、今までの多くのメディアとの違いがあるはずですが、ひたすら、みんなが発信できるのはすばらしい、取るに足らない情報が無限に発信されることで何かが生まれる、『みんなの意見は「案外」正しい』を実現していっている、と現象を賞賛し追認しているだけです。
自分のブログで『みんなの意見は「案外」正しい』について書きましたが、正直、梅田さんははたしてこの本をちゃんと読んだのかな?と思いました。タイトルだけで引用してないか?と。

新しいものに対して、その価値がまだわからないため保守的についつい反発しがちなところをとりあえず認めて受け入れていく、という態度はよいことだと思います。実際、私もそれを心がけているつもりです。

しかし、ここまで新しいことの負の面を見ず、ひたすら賞賛していくだけだと、またまた私のようなひねくれ者は眉唾に感じてしまいます。もう少し1つ1つ深めて分析していくべきなのでは?と思ってしまいました。


■進化論というタイトル
進化論は、いまや小学生でも知っている考え方かもしれませんが、実は非常にあやうい考え方です。正しく進化論を捉らえられている人は案外少ないのではないでしょうか?(私自身正しく捉えているかあやしいですが)

進化論にもいろんな亜流があるようですが、正統派はきわめて機械論的に進化論を捉えています。目的論的ではありません。
何を言っているかというと、進化は、ある環境に適応しようとして起こるのではなく(=目的論的)、たまたま起こった多様な形態の変化のうち環境の制約によって数多く残ったものが結果として進化した形態なのだ(=機械論的)、ということです。
現代的な科学者にとって受け入れやすいのは、ほぼすべてを物理現象として表現できる機械論的なものの方でしょう。目的論の立場を取ると、どうしても最終的には人の意志や意識、あるいは神的なものまで出てきてしまう、トンデモの方向に走る可能性があります。

進化論は、生物学だけではなくて、社会学やその他の分野にも影響を与えています。マルクスも、自身の唯物史観がダーウィンの進化論の影響を受けていることを認めているようです。
いろいろ与えた影響のうち、最悪の影響だったのが、優生学です。雄と雌の脳は遺伝構造的に異なり、雄の方がより進化した優れたものだ、とかいうようなものです。科学者がまじめにこういう議論をしていた時代もあったのです。
こうした優生学は、後にナチスに利用されて民族の優劣付けが行われました。

もちろん、本来の多様性を認める進化論と、優劣を固定的に考える優生学は似て非なるものではあります。

進化論については、
ウィキペディア:進化論
はじめての進化論


と、ここまで進化論のことを書いてきて、何が言いたいかもうおわかりだと思います。
『Web進化論』の考え方が、正統派の進化論というよりはむしろきわめて優生学的なものに考え方が似通っていると思えてこないでしょうか?
と書くと梅田さんが見たら怒るかもしれませんが。

『Web進化論』は遺伝や民族によって優劣を固定化していないので、その意味では優生学なんかとはぜんぜん違いますが、でも、「あちら側」と「こちら側」で明らかに優劣をつけています。そして、まだ「こちら側」にいる人は遅れているからはやく「あちら側」に上がって来い、と言うのです。
こういう考え方は、正統派の進化論の考え方とは相容れないものです。

「進化論」というメタファーは非常に強力なのですが、人文系で下手に使うとトンデモない方向に走ってしまいます。強力なだけに使用には注意が必要な概念です。
人文系の本で「進化論」という概念が出てきたときは、非常に緻密かつ周到に概念が練られた良書か、何も考えずに強力なメタファーとして使った愚書かの両極端に分かれてしまいがちだと思います。

そういう観点でも、私はこの本のタイトルを見た段階で、すでに身構えて読み始めてしまっていたのでした。
あまり、こういう読み方が良いとは思いませんが。でも、自分の予想通りだったと思います。


実は、最初、この本を読んだときは、梅田望夫という人はてっきり学者なんだと勘違いしていました。
それで、学者でこんないい加減でアゲアゲなことを書く奴はぜったい信用できんと勝手に思い込んでいました。(すみません)
でも、よく見てみると、梅田さんという人は、コンサルな方なんですね。
二分法で分かりやすく説明し、かつ強力なメタファーなどを使いながら自分の主張を強く主張する、というのは、まさにコンサルの王道ですし、コンサルとはそういう仕事なので、この本は見事なコンサルの成果だと言えると思います。これだけ影響も与えたのですから、コンサル冥利につきるでしょう。私も、コンサルの方が書いた本だと最初から思って読めば、ここまでひねくれた態度は取らなかったかもしれません。(重ねてすみません)

ちょっと否定的に書きすぎたかもしれませんが、ブログ肯定者の梅田氏ならこんな愚ブログも許してくれることを期待しつつ。

最後に、繰り返しになりますが、この本が社会に与えた影響は他に比肩できるようなものはなく、その意味ではすばらしい出版だったということは言うまでもありません。ということを付け加えておきます。

0 コメント:

 
Clicky Web Analytics